昭和の風林史(昭和五十年六月四日掲載分)

逆襲高あれば 積極売り大丈夫

大名行列お国帰り。だが逆襲高もあろう。買い方巻き返しで強烈高あれば、すかさず槍を入れよ。

「何の世のはかなき夏のひかりかな 万太郎」

『手亡の9月限、10月限の三千七、八百円どころを、お客さんは嫌というほど買った。それまで利食いしては買い、利食いしては買いで回転が利いていたが高値掴みになった。小豆も棒立ちした高値を掴んだ格好です』。

だいたいどの取引員も同じようなパターンである。

『カネツ貿が31日(土曜)あの高値で二千枚近く買ったのがキズになった感じだ。あれだけ買って値段がいうことをきかなかったのは相場が限界点にきていたからであろう』。

S高で飛んだ地点をS安で下げる。10月限の日足線は〝五空飛び放れ〟で相場そのものが過熱していた。指標ともなるべき目立った大衆店の売り玉が、どんどん減って(煎れて)、買い玉が表面に出た―。

という事は、高値で踏んでドテン買いの人気になった。この、ちょうど逆が五月九日の前後であった。

ここで、仕手戦の末期に必ずケイ線に出ている逆襲高がはいれば、抜く手も見せず、これを売って取れる。

30日を頭に新ポと次の日の二連発のS安は千丁崩し。この下の値段からS高の逆襲がはいれば、人気は沸いて〝第二ラウンド突入〟とばかり買い方は意を強くしようが、大天井における過去の線型は、必ず二番天井型で、あと再び続落している。

すでに手亡の相場としては値を出しきっているのであるから、またもピービーンズの相に戻って大名行列お国帰りだ。

ただ、天井を打ったとはいえ強力な買い方が存在しているだけに、千五百丁ないし半値の二千丁下げをした地点で①投げものが出て②売り込み③弱人気充満となると、これは買い方巻き返しのチャンスで千丁戻しぐらいはあるだろう。
光は西へ下り超特急一本道―と見るわけにはいかない。

抜刀隊の歌にもある。

『…敵の大将たるものは古今無双の英雄で、これに従うつわものは常に慓悍決死の士、鬼神に恥じぬ勇あるも…』と。

S安の二、三発は、もとより覚悟の買い陣営だ。

従って、強力な強襲高があるべきだ―という方針でその逆襲高に槍を入れる。

●編集部註
 昭和四七年六月、会見場から新聞記者を追い出し、テレビカメラと一対一で退陣会見した佐藤栄作がこの月に急逝した。

 葬儀は国葬となり、その席で当時の首相三木武夫が暴漢に襲われる。

【昭和五十年六月三日小豆十一月限大阪一万九八三〇円・五九〇円高/東京一万九九一〇円・六一〇円高】