昭和の風林史(昭和五四年六月二一日掲載分)

一応とどいて 戻したあとジリ貧

相場の自律戻し。一応とどいた。反発力が出来た。しかし、涙り一杯すればジリ貧になろう。

「十薬を抜きすてし香につきあたる 汀女」

これという材料もないのに相場が高くなる。材料なしで上る相場は気をつけなければならない。

人気が、総悲観、総弱気。これが、大幅に下げたあとの人気であれば、やはり用心しなければならない。

小豆相場は、下値にとどいているという見方だった。

そして、ある程度戻すだろうと観測されていた。

相場の自律戻しを人々は予測していた。

相場は確かに反発した。反発のキッカケが、作付面積の大幅減反説―これは事実でなかったが、デマであれ誤報であれ、相場が反応した。

相場師なら、この事実(デマ情報であろうとなかろうと反応した相場を見て(1)相場は、とどいている(2)戻る力が出来た―ことを知る。

さて問題は、そのあとである。

まだ表面に出ていない、強力な買い材料があるのか。新しい買い仕手が介入しているのか。

需給事情に、大きな変化が生じたのか。

取り組み、内部要因に異変があったか。

ホクレン、雑豆輸入商社のポジションはどうか。

その後の産地の作柄、天気の予報はどうか。

そのほか、様々な事項を瞬間的にチェックして、小豆相場は、単なる戻りなのか。それとも底入れなのかを考える。

大方の意見は、需給に異変はない。産地の作柄は非常に順調である、新しい仕手的要因も見当らない。

要するに、自律反騰に過ぎず、戻りであるし、この戻りには限界がある。

ヘッジ玉が安値ではずされたが、戻せば再びヘッジされる運命にある。

しかも、咋年を上回るような豊作型の作柄であり天候のようだ。

となれば、ジリ貧の相場が考えられる。

まあこのような判断の仕方で“小豆戦線異常なし”。戻り一杯の地点を売りたい。いや、売るべきだ―と結論が出る。

確かに、とどいだ(と思われる)相場を売る人はいない。だから(少々の買いで)反発する。反発すれば弾みがつく。その弾みを、冷静に分析して、充分の値に戻れば、抜く手も見せずに巧者筋が売り、マバラが遅ればせに売ってくる。

下げだしてからの日数という面からでも、相場基調が転換するところまでまだ来ていないようだ。

●編集部註
 二万五〇〇〇円の川を、既に渡ってしまった。
 引き返すにはそれ相応の体力が必要なのである。