昭和の風林史(昭和五七年九月二十四日掲載分)

隣の不幸はおかずいらず

今の小豆に出直る力などありますかい。無理して買うと、あとのツケが大きい。

証券取引所も赤字だし、中小証券会社も赤字だ。証券界は、お先真っ暗である。

わが商品業界も、この年の暮がおもいやられる。取引員経営者の、ひたいのシワが深くなるばかり。

セールスの足腰が弱くなっているところへ海外やブラックが荒らしまわる。

相場好きの中小企業のおやっさんは、この不況で相場に回す資金がない。

手数料収入ままならねば経営者として投機思惑に手を染めるのが近道。

これが段々抜くに抜けない深味にはまって、気がついた時には許可の更新期日前に財務内容たるや目もあてられぬことになる。

これが近頃、証取界構造不況のモデルケース。

小豆の市場も現物流通業界は冷凍庫の中。売れない売れない豆が売れない。

売れないのは豆だけではごわんせんという。

定期相場は政策期待の他人力。農家手取りがどうだこうだと、相場強弱の芯になるようでは、たいした相場になりっこない。

第一この小豆、底入れ感などどこにもない。二月、四月、六月、八月と、小豆の下降トレンドは偶数月に綺麗な頭打ちである。

即ちこれ小豆の大勢だ。

だから三万円乗せたら売ってやろうと、誰も素人じゃないんだから手ぐすね引いているわけだ。

売られるようなところに相場は戻しますかい。

玄人中の玄人だけの相場であるという事を認識しないと、神戸のKさんは七色パッチだが、誰かさんのようにサクラクレパス36色分裂症になる。

ともあれ、みんな手の内がお見通しの今の小豆市場である。そして隣の不幸は、おかずいらず、ふぐの味ときている。

九月も彼岸を過ぎたら年末のことを段取りしていかなければならない時分。

●編集部註
 本来、現物であろうと先物であろうと、〝市場〟にお上が入ってくるとロクな事がないと筆者は思っている。
 お上による市場の価格操作は、一時的な効果はあるものの、その後の対処が難しい。本文でも登場するが〝政策期待〟の他力本願組も出て来ると更にややこしくなる。実際にモノを取り扱っている人達がいない〝市場〟はただの賭場に過ぎない。
 賭場の勝ち負けは怨嗟を生み出す。マニアが勝ち、素人が排斥される。勝てぬ賭場に魅力はない。次第に閑古鳥が鳴き寂れてゆく。「全てのジャンルはマニアがつぶす」の典型例になってしまった。