昭和の風林史(昭和五八年四月二日掲載分)

もみあい中は手を出さん

輸大は時間待ちの相場つき。人気はゴムと砂糖に移っている。小豆など無視された。

輸大は押したら買いたいが、押さないから見送る。

それと大阪当限の流れが模糊として掴みにくい。投機家は儲かりそうな気配にも敏感だが、胡(う)散くさいものには敬遠する。

仕掛け難が出来高減少で表示されていた。

輸大の出来高減少分がゴム市場に流れている。

ゴムは新甫売られたが休日明け筋店の積極買いが値を切り返した。

一月四日大発会を大底として九〇円幅も上げた相場。恐らくもう末期だろうと日柄、値幅観で売った投機家は先日のS高で踏まされた。

ゴムはシンガポール→ロンドン、ポンド為替相場(オイル動向)が絡んで国内だけの相場観は通用しない。また、商社、メーカー、海外相場師も東京、神戸両市場に参加しているため商いの弾みかたは輸大などと違って、ゆさぶりが激しい。

強気は二八〇円台を目標にしているようだが、筋店が積極買いしなければ落ち込んでくるあたり、売り場に入っているとみる。

また限月サヤが横並びになった。そして順ザヤ化しつつある。このサヤの変化も一ツのシグナルだ。

天井圏では上下のゆさぶりが激しくなる。

取り組みが大きいだけに大天井打ちのあとは、相応の暴落があるはずだ。

お話にならないのが小豆である。

大衆は取り組みの薄い商品、出来高の少ない商品に近寄らない。

これは賢明な方法である。

ホクレンが現物と価格を支配しているあいだは決して手を出さない事である。もし安値の売り玉あるならば踏むことはない。放っておけば、春天井打っている相場は、どこかで崩れてくる。小豆はもはや語るべきもないという昨今だ。

●編集部註
 この時ホクレンがやってた事は、江戸時代中期、享保時代に、幕府公認の堂島米会所でお上がやってた事とよく似ている。
 相場は一時的には支配出来るだろう。だが長くは続かない。大抵は大失敗で終わる。この時も、お上は大失敗。本間宗久など百戦錬磨の手練れ達の餌食となる。尤も、本間自身も初戦では大敗、破産しているのだが…。
 大抵、お上の思惑はズレる。よせばいいのに賢しらに「国書を典拠に」と縛り、今回の元号は萬葉集から決められた。
 萬葉集は萬葉假名だ。詠み人も編者も漢籍の素養がある。しかも今回の年号の典拠部分、悪政を批判し疎まれ、都を追われた後漢の科学者、張衡の詠んだ「帰田賦」にも由来するという話が…。
 令和の考案者は、碩学泰斗の中でも相当の手練れであったといえよう。