昭和の風林史(昭和四七年六月十三日掲載分)

黙して語らず 買い方痛恨の極

降ヒョウ→相場安。買い方にツキがない。実勢悪を再確認した。手亡もここに来て急落型。

「山坊に雨夜の客や蚊遺香 青研」

見ていて痛々しい。見るに忍びない。小豆十一月限は生まれた値が素高値で、早くも千八百丁ばかりを垂れてしまった。買っている人は処置なしである。

10日の日曜日、十勝中央部に(午後二時ごろ)雷を伴った豪雨とともに帯広市川西町、芽室町栄地区、幕別町糠内に激しくヒョウが降り小豆、大豆に被害があった。被害地区は全滅に近いそうで、川西町あたり豆類一千ヘクタールがやられた。しかし、そのほとんどは再播(蒔き直し)をするそうだ。

さて、本来ならストップ高の材料である。

朝寄り、産地が買われただけで、二節、三節は、もう売られて安い。

もし、この材料が日曜日でなく、相場が建っている時なら、案外ストップ気配ぐらいまでは買われたであろう。筆者が言う「今年は買い方にツキがまわっていない」端的な現象である。

再播がきくからとはいえ、降雹にもかかわらず安い相場を眺めて、いよいよこれは悪い相場だ―と、確認したようなものであった。降雹がなければ月曜寄りは筆者が予想した先限の五百六十円あたりに寄っていただろうが、前場三節で五百五十円という値を付けて、当たらずとも遠からずだった。

さて、これからである。当面、先限一万二百円どころ。定石としては止まる値段だ。生まれてから二千円下げ。止まらなくても大台三ツ変わりで一万円を(十一月限が)割ったあたりで自律反発があると見ておくほうが無難。

相場をむさぼることなかれ。淫するべからず。深追いするなということだ。

あとは戻り売り態勢に徹する。市場人気は、ようやくここにきて弱気になってきた。

それで、いま判りやすいのは手亡である。手亡当限の五千六百円あたり、原稿を書いているあいだにも付けそうだし、中限の五千七百円。先限の五千八百円。目先取れる四、五百円の値幅が、道端に転がっている。

こうなってくると、われわれは無意識のうちにも思う。〝嫌だな〟―と。弱気していて、そう思う。下げたあと無相場になりはしないか。先に楽しみがない。そして、ここで大損したら取り返しがつかないぞ―と用心する。下げっぱなしのあとの無相場。泣かせるじゃないか。

●編集部註

〝買い方にツキがまわっていない〟とは言い得て妙なパンチラインである。

 5月末からのマドもツキのなさを物語っている。

【昭和四七年六月十二日小豆十一月限大阪一万〇七〇〇円・一〇円安/東京一〇六四〇円・三〇円安】