昭和の風林史(昭和五七年九月十七日掲載分)

空気の止まった小豆相場

商いが非常に薄い。売り方も、買い方も息をひそめている。無風の怖さを感じる。

休日明けは、空気が止まったような小豆相場。17日きょうの作況発表を待つところ。

商いは閑散などというものでない。森閑である。このような時に声を出したり、手をふると斬られる。玄人相場の怖さでもある。

相場としては上昇エネルギーはない。

いまの保合圏(九千三百円~八百円)を維持するのが精一杯である。

この保合が下に放れると九千円割れ一瞬だ。

買い建は、そのほとんどが三万円台である。

これらの玉は、まだ早霜一発を期待しているから投げられん。

そうこうするうちに収穫が進んでいく。

あとは需給相場になる。モノが売れるか売れないか。売れて当たり前、売れなければ下げるしかない。

あんまり安ければ政策面のテコ入れもあろうが、〝政策は信ずべし・信ずるべからず〟という。

もともと価格政策などというものは後手、後手になるもので、早手回しに出るべき性質のものでない。

相場が二万七千円ぐらいに落ち込んで世間が騒ぎだしてからである。

勝敗は鞘の中にありという。刀を抜いた時にはもう決着がついている。

それと同じように相場も今みたいに森閑としている時に案外勝負がついている。

七月19日安値の一本足。12限(大阪)の二万八千百六十円。

あの値を取るか、あれ以下に落とすかせんと今年の相場の大底は出来ない。

すなわち秋底である。

そのうち変化があろう。待つは仁という。待つは忍耐でもある。

霜軍営に満ちてまさに秋気清し。数行の過雁月三更という場面である。

孫子兵法支形の地。われ出でず、彼出でず。流れの変化を待つのみ。

●編集部註
 霜滿軍營秋氣清
 數行過雁月三更
 越山併得能州景
 遮莫家郷憶遠征
 この七言絶句には「九月十三夜陣中作」という題名がついている。
 作者は、上杉謙信であると言われている。
 越中・能登に侵攻、平定した謙信は1977年に七尾城を包囲。落城の2日前に詠んだとされる。
 七尾城の戦いの後、上杉軍は撤退中の織田家、柴田勝家軍を追撃。撃破する。
 その年の12月、次の遠征に向けた動員をかける。翌年3月、遠征の準備中に倒れて急死。一説には脳溢血であったという。
 もし彼が生きていればこの遠征で織田信長は倒されていたかも知れない。