昭和の風林史(昭和五八年七月八日掲載分)

輸大の切符を買えばよい

輸入大豆の切符なら特等席が空いている。小豆もワーッと売られた時に切符入手。

この原稿は六日に書いたものであるから、気の抜けた麦酒のようなものである。

はじめ女満別に降りて北見を回って帯広に出る。

中間地帯から旭川に出て札幌周辺を見るという段取りのようで、ご案内役はその道のベテランである。

かなり強行なスケジュールになるそうだ。

内地から強気の人がきたら強気に見せる畑、弱気の人がきたら弱気の人に見せる場所、場所があって、その両方を見せてもらうことになっている。

悪いのは判っているのだから今さら畑を見るまでもないという気持ちもあるし産地を見たら大曲がりするというジンクスもある。

しかし百聞は一見にしかず。予報では旅行中、雨ばかりのようで、冬の下着を持参せよといわれた。

相場のほうは七日の相場を見て書くのでないから、目先のことは判らない。

いま考えていることは、材料と相場が、どこでどう分離するだろうか。

六月六日から七月六日までの棒立ち相場が、なんであったか。

不作に気づいた煎れ上げと、意地づくで売り乗せた売り玉の踏みだった。

もし、買い方に強力な仕手がいたら、あなどって売り上がるようなことはなかったと思う。

また、二万三千円や二千円があると信じ込んだ売り方の背景。

その弱気がドテン強気に転換したあとの相場がどういう状況になるのか。

日柄で、この相場がどのあたりで天井圏に入るのか。また、値動きが荒くなって、臨増し規制が、取り組みと絡んで、どのようなふうになるのか。

相場がこれから中盤戦に入るときだけに寒い北海道にきて頭を冷やすのも悪くはなかろうという軽い気持ちである。

●編集部註
 穀物相場の面白さとは何か―という問いに対し、これだ―と自身をもってお読み頂きたい文章の代表が今回のこれである。
 孫子の兵法で登場する「離」の思想は、勝負ごとにおける「見(けん)」と似ている。これは相場における「様子見」とは若干ニュアンスが違う。
 その昔、弊社が発行していた商品先物市場でも、現役の商社マンが米国の穀倉地帯に足を運んで、その模様をレポートしていた。テレックスだけの数字だけでは知り得ぬ「空気」は相場の重要な材料となる。生きた「ファンダメンタルズ」と形容する事が出来るだろう。
 因みに、このレポートを書いた商社マンは後に大出世し、その会社のトップにまで上り詰めた。後年、その人物の特集で使用したいとテレビ局が雑誌を借りに来た事がある。