昭和の風林史(昭和五四年十一月二四日掲載分)

売り過ぎる輸大 だけに相場は上か

輸大は大衆が売り過ぎるから下がるまい。年末に向け、輸大強気のロマンに賭けてみたい。

「鍋焼の屋台に細き煙出し ひさし」

乾繭市場の納会が前橋前日比五百四十六円高。豊橋二百五十七円高。

乾繭の倍率は三百倍だから、小豆相場でいうと四千丁以上を納会一本で吹き上げた事になる。

これが、もし小豆の市場だったら、お役所は、黙っていないかもしれない。

乾繭の場合、どういう事になるのか知らないが、行政当局の出方を、さまざまな思いで見守るところ。

相揚の事だから仕方がないじゃないか―という事なら、それはそれでよい。むしろそのほうが、自然な姿である。いや、乾繭はよいが小豆は、あかん―というのだったら、これは行政に一貫性がない。

輸入大豆相場は、大衆が売ってくるという。

上げ相場を取って、ドテン売りになった。

これは、相場でいう『利食い余し』である。買っていた玉を利食い売りして更に売るから利食い余し。

これは、いけない事だと言う。利食いしたあとは、休む。それが相場の作法だが、抜く手も見せずドテン売りは、結果がよくないとされている。

輸大は、売りぐせがついてしまったから、売っておけば、なんとかなるという考えが判らぬでもないが、大衆が、あまりにも売り過ぎるようだと、内部要因面から突き上げを食う。

強気は、東京、名古屋五千八百円から六千円があるだろうという見方。

東京自社玉は、いまもって圧倒的な売り。大阪自社玉買いに比べて、取引員のポジションに違いがあり過ぎる。

需給予測、商社動向、シカゴ相場、為替とフレートあるいは中東情勢等を考えれば、きわめて不確実性ファクターが多過ぎる。

従って、東京圧倒的な自社玉売りが、キリキリ舞いで宙にふっ飛ぶ可能性なしとしない。

東京六千円―という強気の見方も、あながち、はったりとも思えない要素が、多分にあるから、戻り売りでよいという考えを改めなければならない。

小豆相場は、六月、九月、十一月、この三ツの安値が底値圏である事は判る。九月底、十一月底は過去にもあった。

おしむらくは、人気が遠のいている。出来高は昔日の比ではない。下値を固める段階だ。値のほうは、とどいている感じで、ここからの弱気は、あこぎだ。しかし年末にかけては輸大強気のロマンが御正解か。

●編集部註
 その昔、糸が日本経済の屋台骨を支えていた。

 現在「かんけん」と打ち込んで変換キーを押すと漢検と官憲が出て来る。

 乾繭、は出てこない。