昭和の風林史(昭和四七年八月十六日掲載分)

売り方目標値 八千五百円実現

立秋を過ぎると空の色もなんとなく違ってくるように人々は小豆の下げ方にも底近しを感じだす。

「野へ辻を曲がりゆく灯も魂送り 貞」

とうとう東京小豆の先限が八千五百円台に売られた。

ひとまず売り方の目標にとどいたわけだ。

しかし産地の温度は異常なほどの高温が続いて、豊作人気は充満している。

いまとなっては、もうすでに、行くところまで行くしかない―という投げやりの気持ちで相場を眺めるしかないのだ。

気を取り直して、ではここから売ってはどうか。あるいは手亡のほうに残存兵力を結集しては―という考えがないでもないが、往々にして曲がりに曲がったあとのそういう考えは、えてして医者の車引きになりがちだ。

相場金言では、こういうときは〝休め〟と教えている。悪い時は、なにをやっても駄目なのだ。焦れば焦るほど蟻地獄の蟻である。

時の流れを待つ。白雲千載空しく悠悠。

人々は、それでも止まる時期がだんだんと近づいてきている事を感じてはいる。

それは立秋を過ぎて蝉の鳴き声が、少しずつ猛暑のころとは違ってくるように、そして朝夕に秋来たと、ふと感じる涼のようなもの。小豆相場にも、下げかたがどことなく枯れてきたように思われるのは確かである。

それでは、止まったあとはどうか。底入れすれば三、五百円ぐらいの自律戻しがなければならない。戻してまた売られるか、売られても新安値をつけずになべ底を這うが如くに底練り時代に移っていくか。ともかく、売り方目標の八千五百円が付いた。

手亡の相場をどう見ればよいか。

なんとも先三本の六千八百円は堅さを感じさす。急騰したり、続伸するにはそれだけの要因と材料を必要とするけれど、いまの手亡の水準は、売っても取れるというものではない。

売って駄目なら買ってみよ―というのは歌の文句であるが、相場も、えてしてそういう時がある。

しかし、人々が、一致して、六千八、九百円の手亡は下値なしと見て強気するようなら、これは相場の常。案外ズリ落ちて、もう一段、階段を降りる六千五百円あたりにダンゴをつくることかもしれない。買う場合、やはりそれだけの用心をしておかなければなるまい。

●編集部注
 行間に寂寥感がある。

 真夏に、秋の荒涼とした薄野のイメージ。 

 この時分、米国はベトナムから軍勢を完全に引き上げた。何やら現在と通じるものがある。

【昭和四七年八月十五日小豆一月限大阪八六三〇円・五〇円安/東京八六一〇円・八〇円安】