崩れる相場だ
内部要因が悪い
◇…反撃なるや―と見守っていたが、あらためて相場の疲労というものを見直したところ。戻り売り。
「流し呼ぶ女の櫛の落ちそうな 映草」
◇…産地の天候が甚だよくない。当然作柄も悪い。ここは強気しなければならないところである。
だが―八、九月限は建て玉の制限と証拠金が大きすぎる。
一部特定の相場クロウトか、当業者しか手が出ない。大衆は新穀限月に限られてしまう。
◇…それでは十一、十二月限を、ここから強気するとしようか。
目標値は?。凶作決定なら一万七千円。それ以上のものではない。なぜなら一万七千円近くともなれば必ず大幅の増し証と、建て玉の制限という規制がなされようし、買い方良識派も市場維持を考慮して、買い玉を降りるであろう。
◇…相場が高いのは、幾ら高くても構わないのであるが、過熱化することは感心しない。そこで取引所は早手まわしにシバリをかけて市場の安定を計る。
◇…ところで、上値が千円ほどなら、売り上がったらどうだろう―という考え方が出るのも、これは当然である。
◇…先二本の六千円台は買い玉が鈴なりである。
この大きなシコリを買い切ってしまうには、よほどの強力な材料と、買い方の熾烈な陽動とを必要としよう。
◇…だが、現時点で、これほど大きな材料(作況悪)が出ているにもかかわらず相場はどちらかといえば非常に重たい。
六千円を買い切るには、今以上に作柄が悪くならなければ駄目だとも言えるし買い方は現物を納会ごとに受けて、それをストックして、しかも定期市場を陽動していくということは、物量的にも資金的にも二正面作戦で大変な負担であろう。
◇…さらに怪物近藤紡が新穀限月に、その資力にものを言わせて、しかも相場の弱っている急所を纒って売れば、市場人気は一夜にして総悲観に傾く。
買い方も、怪物のような伏兵が市場に存在する限り制空権、制海権を握っての縦横の駈け引きがセーブされるわけだ。
◇…買い方は戦線を拡大しすぎた感もある。
反撃なるや―と納会にかけて反騰を見守っていた市場も、ここに相場の疲労をあらためて知った。
●編集部注
上の文を読んで、思い浮かんだのは夏目漱石の「草枕」の冒頭である。
〝智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい―〟。
更に読み進めると、文章はこう続く。
〝喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間まも心配だろう―〟。
その煩悶の先に、人の世には絵が出来、詩が生まれると漱石は書いた。
相場世界には、いったい何が生まれるのだろう。
相場は下がるために上がり、上がるために下がると言うが、なまじ、半月前に大きな動きを見ていると、この時の相場は、上げも下げも中途半端。我慢の相場を強いられるなか、相場師は煩悶する。
煩悶の先に、その相場師は幻想を見た。幻想と現実が一致すれば勝ち、乖離すれば負ける。
誰もが一度は通る、相場難儀道のはじまりだ。
【昭和四六年七月二八日小豆十二月限大阪一三〇円高/東京二〇円高】