昭和の風林史(昭和四六年十二月二十三日掲載分)

投げに採算なし

相場の厳しさというものを痛烈に感じさせるところである。意外に根の深い相場かもしれない。

「年忘れ集ひ別れし過去未来 友次郎」

悪さが明けても尾を引きそうな感じがする小豆相場だ。

あるいは、とんでもない相場かもしれない、と不吉な予感さえする。

七千円下げ相場の、最後の総投げ場面。一万三千円どころ。そのようなことはあるまいと、いいきかせながら、あり得ることだと思うのである。

波乱に満ちた一代の十二月限が納会した。

一万五千七百八十円で生まれたのが暑いさかりの七月一日。七月の十日まで下げて一万四千五十円が安値。

その相場が85度の角度で二万一千二百三十円一番天井。約三千丁叩き込んで強引にストップ高連発で巻き返して二万一千三百七十円。十月七日。二番天井。

ああなんたることか、それからの下げはきつかった。

大廈(か)のまさに顛れんとする一木の支うる所に非ず―の感を強くした。

そして今、年は暮れていく。悲喜こもごも織りなして。

しかしまだ終わっていない。

意外に根は深いのではなかろうか。これまで、戻すほど悪くなっている。環境は確かにあらゆる悪材料を言い尽くしたかのように見えるが、投げきっていないという取り組みが、自壊してくるのではないかとも思う。

今の相場は麻酔を打たれた患者のようなものだ。感覚がない。買い方が猛烈に買えば、買っている時だけ強く見えるが、相場本来の本ものの上げでないから、すぐにまた地に戻る。

底が、はいっていないというのか、あるいは、戻りにしかすぎず、直りではないのだ。

筆者はこうも思う。北海道の先限が一万五千六百五十円を割って、投げ物がドッと出ないうちは内地相場も灰汁(あく)が抜けずいつまでも戻り売りの相場ではないか?と。

北海道には品物がない。しかし相場は品物が無くても崩れる時は崩れるのだから不思議である。

消費地は輸入小豆の相場だ。これなど一万三千円が一万二千円と言っても、投げに採算はないし、相場に行きすぎはつきものとすれば、そんな馬鹿な―とも言えない。

相場の厳しさとはあるいは、そういうところにあるのかもしれない。

買い方は、これからも頑張るだろう。

しかし相場は人の気持ちなどかまってくれない。

●編集部注

 読み進むうちに、鶴田浩二の『傷だらけの人生』が頭の中で流れてくる。

【昭和四六年十二月二二日小豆五月限大阪八〇円高/東京一三〇円安】