湯豆腐の晩よし

寒い晩は湯豆腐に限る。旦那はきょうは帰らない。それじゃ、戸締りしときましょうね。

日ごとの寒さがつのります。毎日会社に出てくるので、ステッキを引きながら転ばぬように気をつける。転ぶと一人でなかなか起き上がれない。家の廊下で歩く練習をする。

石があれば草があれば枯れている 山頭火。

会社のデスクの下に、ヒーターを入れてくれている。家では、座る椅子の横にある温風器をまわす。

寒いのが大の苦手である。夜寝るときは電気毛布の目盛りを上げる。

芭蕉や蕪村は、冬の寒さに耐えていたのだろうと思う。

内田百閒さんは、あまりの寒さに腹を立て、電気ストーブ、ガスストーブをみんなつけて、火鉢に炭火を熾し、悦に入っていた。そんなことをするから、年中貧乏した。

貧よりも、寒さがつらい真冬かな。

寒い時は、温かいものを食べる。きつねうどんでよろしい。

すき焼、水炊き、寄せ鍋といろいろあるが、貧乏人には湯豆腐。

湯豆腐は凝ると難しい。要するに、出汁である。昆布と鰹節でよろしい。

寒さの夜は「お燗つけよか、床敷きますか」という女性に迎え入れられたら、至福である。床はあとにして、まず熱燗一本などと。

火燵(こたつ)も暖まっていますよ。

そうかそうか、よく気がつくね。

男と女の四畳半。他にすることもない。

一戦まじえたその後は、平和というもの。

湯豆腐の功徳(くどく)というものか。よかったら泊まっていきなはれ。旦那はきょうは帰らない。戸締りしときましょうね。