戦後も、気がついたらアッという間に過ぎてしまった。月日の過ぎるのは早いものだ。
猪のくる田波続きの山田かな 雨山。
家の中で、よく転ぶことがある。ステッキを突いているのだが、布団の上では、布団がステッキに絡むのだ。
寝ている横の扇風機を倒したり、襖(ふすま)にぶつかったり。
体がままならんのは、老人になると仕方ないのか。
駅などで見かける車椅子などがあれば、便利なのだろう。
体が弱っているから、食欲はない。食欲がないから体力もつかない。
中華料理店で八宝菜でも頼めばよいだが、食べるのがめんどうくさくなる。
鮨屋の握り鮨のカウンターで、鮑(あわび)ぐらいならいけるのかもしれない。赤貝の紐でもよろしい。
食べた気になって、家に帰って横になってしまう。結局、歳を取ると無欲になっている。
若い元気なときは、友人を誘って夜の巷をさまよう。馴染みの一杯飲み屋など、できる時には梯子になるのだが。それも卒業してしまった。
寿司の一合折など、小粋に下げて帰ってきたのが花の時代か。
夜の巷も馴染みはなくなった。
昭和五年生まれだから八十歳を過ぎている。
台湾の基隆から引き揚げ船に乗って、桜の咲いている和歌浦に到着。
昭和二十年四月、第七十六旅団『律』部隊編入。三八式騎兵銃をあたえられ、正式陸軍二等兵。背が高いので、途中から重機関銃部隊。
戦斗帽と陸軍の下着上下、ゲートル、地下足袋に星一ツの階級章。牛蒡剣は下げていた。