『それなら言うな』
日本人は影で悪口を言うとき『言っちゃ悪いけど』という。
それなら言うな。
似たように自分を自慢したい時には『自慢じゃないが』という。それが自慢じゃないのか。『そういっちゃ、なんだけど…』。そういうと語弊があるが…。なら言うな。
『こんなこと、あんまり言いたくないけれど』。
それなら口にするな。
物を人様におくる時は「粗品」などと書く。『たいしたものではありませんが』。
『おいしくはないけれど』。『お口にあわないと思いますが』と、つけ加える。
日本を余り知らない外人に、こんな言葉を使うと妙な顔をするだろう。
伝統的で、形式的な言語習慣は、『まことに失礼ですが(恐縮ですが)』。
こんなこと言えた柄じゃないんですが。
間違っているかも知れませんが。お言葉を返すようですが、ちょっと耳にした話ですが…。
などもよく使われている。
〔言うべきに非ざれば言う事なかれ。由に非ざる事は語る勿れ・詩経〕
しかし人は、他人様のことを言いたがる。
もの言わざれば、腹ふくる。悲しいかな人間のサガ(性)である。
言ったからといって満足しているわけではない。むしろ虚しい。よし(葭)切りや午前むなしく午後むなし(綾子)。
言っても詮ない。詮ないとは無益だ。どうしようもないわけで、一生を悔いてせんなき端居かな・万太郎。
言いたい事もあるだろう。それをぐっと腹におさめて言わないのが男だ―と連合艦隊司令長官・山本五十六さんが言った。
言いたい事が、いっぱいあって、それを言わなかったのが昭和天皇だと思う。
百年の伝統ある山一証券が潰れたときの社長にしても、言いたいことは山ほどあったと思う。
日本では敗軍の将、兵を語らず、が美風である。
言いわけの多い人間は信用すべからず、まさしくその通りだと思う。
2005年6月