情が、なんで欠けたのだろう
『戊辰戦争を調べていくうちに太平洋戦争と類似点が非常に多いことを、私は感じた』。津村節子さんが『流星雨』の、あとがきに書いていた。
津村節子さんは、作家・吉村昭氏の奥さんで、『玩具』で芥川賞。『流星雨』で女流文学賞。『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞を受けた。
筆者は、女流作家の作品を求めたことがなかった。
しかし、ある人(86歳・読書三昧の人生)から、はじめ寝転んで流星雨を読んでいたが、途中から、座り直し、しまいには正座して読んでいました―と聞いて、はじめて読んだ。
会津の戊辰戦争は悲惨である。
戊辰戦争のその後も、会津の人たちは、口には言えないような苦労をしてきた。
会津藩といえば新選組の京都でのことは誰でも知っている。
司馬遼太郎さんも、会津落城のことや戊辰戦争については、多くの作品で触れている。
津村節子さんの作品を読んでいて、幕末の日本人、特に会津の女性が理不尽ないくさに、どのようにかかわったか。そして多くの女性が自刃していった凄惨のなかでどのように思っていたか。
いままた新渡戸稲造の「武士道」が読まれている。いまの若い人たちが、読みやすくなっている「武士道」を読んでも、時代が違うから判らないと思う。
20銭の岩波文庫の昭和15年版第四刷を、これまで何回読んできただろうか。
いまの日本は、人の心というもの、情が欠けてしまった。
これは、すべての面で、あらゆるものに情=心が無い。
われわれは、そういう時代に生きているわけだが、良品の透明感のある文学作品には、まだその情の心というものが伝えらえている。
津村さんの『流星雨』は面白いものではない。
資料というものを調べ尽くして出来たものだけに、一人の会津の娘を通して女のいくさとは、どのようなものかを知るのである。
2006年1月記